初雪は、いつの間にか街を白く塗りつぶしていた。その白さが、北の街ではお祭りの合図でもある。
「みんな、パーティは6時からでいいよな?」
「私はいいわよ」
「良いんじゃないかな」
「ああ、わかった」
下校途中、いつものメンバー。
頷き合うと白く色付いた街の方々へと散っていく。
「楽しみだね、今夜のパーティ」
祐一がこの街に戻って1年目を祝うパーティに名雪は特にはしゃいでいた。その笑顔に風雪がかかっても、のほのほとした足取りをゆるめない。
「そんなに嬉しいか? 名雪は」
「もちろんだよ」
「一年間、別に変わったことなんか無かったのに,よくはしゃげるよな」
くるりと踊るように回って、名雪が振り返る。
「変わったことはいっぱいだよ。初めてのことだっていっぱいあった。祐一はそう思ってないの?」
名雪の振る舞いの優雅さに一瞬見とれてしまったことに、祐一はなにやら気恥ずかしさを感じた。
目線をそらしたまま、祐一は名雪の髪にかかった雪を払った。背の高い名雪とは、目線があまり変わらない。少し踏み込めば、お互いの顔が限りなく近づく。
雪が、風が人気を減らし、また黄昏の時間が不思議な空間を醸し出していた。
名雪の瞳は祐一を映して煌めき、祐一の目に名雪が美しく映る。
永遠とも思われる一瞬の誘惑に、祐一は顔を名雪へと近づける。
「祐一」
「名雪…」
「真琴ちゃん、見てるよ」
ジャニーズ歌手ばりのターンを決めて、祐一は名雪から離れるとあたりを見回した。
…確かに、角の電柱からこっそりと出している顔が二つ。片方は怒って、片方は刺すような眼差しで。
「真琴、それに天野さん、奇遇だねぇ」
「私の帰り道はこちらです」
一言だけの否定、その冷たさが相沢には効く。
「ま、真琴は何でいるんだよ、こんなところに」
話題を変えるため、私服の真琴に話を振る。が、
「迎えに行ったんだもん、二人のこと。美汐ちゃんに会えたから、一緒に帰ってきたんだもん」
と、返される。
そして、二人の冷たい冷たい眼差し。
「それよりも、おじゃまだったようなので先に帰ります」
「真琴も帰る〜」
くるりと背を向けて行こうとする二人に、相沢はあわててしがみついた。
「話を聞いてくれ! 真琴は特に、秋子さんに何か言おうとしてるだろ!」
「聞く話なんて無いです」
「言われて困ること無いよね、名雪ちゃん」
「うん、私は別に良いよ」
「俺は良くなーい!!」
そんな喧噪を残して、雪の中には元気に走り回る足跡が幾筋も付いた。
『ピンポーン』
水瀬家の中に来客の報が響く。
「名雪、持つ物持ったか?」
「うん、ちゃんとお菓子もできあがったよ。お母さんもジャム置いていってくれたみたい」
「ジャムって……」
「大丈夫、普通のだよ」
「…それなら良いけどな」
名雪と祐一が立ち上がると、上の階から真琴も降りてきた。
「私も行って良いんでしょ!」
「行儀よくしていたらな」
「大丈夫、真琴いい子だもん」
それぞれ、コートを羽織ると玄関へと向かう。開いた扉の向こうでは、二つの顔が並ぶ。
「あははーっ、お迎えに来ましたー」
「…お菓子、持ってきた」
明るく笑う佐祐理と、無表情ながらかすかに嬉しげな舞。舞の手には有名菓子店の袋が下がっている。
「そこのシュークリーム、おいしいよね」
「…相当に嫌いじゃない」
名雪と舞が菓子店のことを話しながら、門の外へ出た。そこには、黒く大きな車が一台。
「おい、佐祐理さん、あの車って……」
外国生産で、質も値段も高いことで有名な車の、最新モデル。
「みんなを乗せるなら、あのくらいが良いかと思って」
たしかに、その車のシートは大人数をゆったりと乗せることが出来る。が、祐一は分不相応な感じを強く受けた。(実際、一般市民にとっては分不相応なのだが)
「さ、行きましょう?」
「佐祐理の家の車、どれも乗り心地良い」
そんな意識のない二人の後を、祐一達もついていく。祐一も真琴もきょろきょろと車内を窺う中、マイペースを貫く者もいる。
「あ、商店街に寄ってもらえるかな? ケーキ頼んであったんだ」
マイペースの代名詞・名雪は、いつでもどこでもマイペースな模様。
「もちろん良いですよ、運転手さんお願いしますね」
高級車は静かに、低いエンジン音を立てながら商店街へと向かった。
「ここで待って」
名雪が降りるのに、祐一もくっついていった。
途中で合流した天野さんと一緒に話していた真琴が、天野さん共々こちらをにらむ。
「あ〜あ、さっきの続きするんだ〜」
「男の人ってそう言うことばっかりなんですね、考えているのって」
「誤解だ、間違いだ、そんなことはない!! 怪しいこと言わないでくれ!!」
騒ぎ立てる2人と否定する祐一を見て、佐祐理は不思議そうに首を傾げた。
「何かあったんですか? 名雪さんと祐一さんは」
「いや、何にもない、何もない!」
祐一が名雪の後を追いかけるころには、もう名雪は店から出てくるところだった。そう大きくない箱を一つ抱え、隣には……同じ箱を抱えた栞が一緒に。
「あ、栞じゃないか」
「祐一、栞ちゃんだよ」
見ればわかることを、名雪は言葉にする。
「私もアイスケーキ、頼んでいたんです」
抱えた箱を軽く持ち上げる栞。
「じゃあ、用がなかったら一緒に行かないか? 佐祐理さんの車だけど」
「ええ、ご一緒できると嬉しいです。私ももう向かおうかと思っていたところだったんです」
嬉しそうに頷く栞。未だ病弱ではあるが、雪よりも白い肌には生気が以前より溢れてる。
「そうか、じゃあ一緒に行こう」
伸ばした祐一の手を、手袋を付けた手が握りしめた。
「嬉しいよ、一緒に行けて」
背中の羽根…もとい、背中のリュックの羽根を揺らしながら、いつの間にかもう一つの笑顔が横にあった。
その笑顔の少女の腕には、湯気を立てる紙袋。
「……あゆ、いつからそこに?」
「うぐぅ、さっきから居たよぅ」
「あゆちゃん、久しぶりだね。去年の冬以来かな」
「うん、名雪ちゃんも元気そうで何よりだよ」
「で、そのたい焼きはまた、ただで取ってきた物か」
「うぐぅ、ひどいよ…」
ダッフルコートに羽根付きリュック。カチューシャも変わらない。
「ひさしぶりだな、捜し物は見つかったんだろ?」
「う〜ん、その筈なんだけど、またやっぱり捜し物があるみたい…」
「急ぐんですか? その捜し物。これから私たち、学校の先輩のお家でパーティーするんですけど、一緒に行きませんか?」
栞の一言に、あゆは飛びつこうとした。…が、あゆの手はまだ祐一の手を掴んだままで…。
結果。前のめりになり、栞にぶつかるのだけは避けたが、店の扉にあゆの顔型が付くことに。
「うぐぅ……」
鼻の頭に大きな絆創膏をくっつけて、同乗者に無事、あゆも仲間入りした。
「あゆちゃん、祐一に襲われたの?」
「おいこら真琴、人聞きの悪いこと言うなっ!」
「…名雪さんにしたこと、忘れたんですか? 祐一さん」
やはり怒ったままの美汐のつっこみに、祐一は脂汗が流れるのを感じた。
「名雪さんに、何かしたんですか?」
首を傾げる栞に、真琴が止めるまもなく耳打ちする。見る見る変わる顔色と目つき。そして、一言。
「そんなことする人、嫌いです」
「うぐぅ、ボクにも教えてよ」
また教えようとする真琴を捕まえながら、祐一は叫んだ。
「それは誤解だ、陰謀だ〜!」
少年の叫びを乗せて、車はまた、走り出した。
「香里、北川君と来るんだって。なんだかもう一人、追加になるけど良いかって聞いてきてるよ」
最近買った携帯電話の送話口を押さえながら、名雪が祐一に問う。
「おう、人数が多い方が楽しいからな。大歓迎だ」
「『おう』だって、祐一偉そう〜」
「関白亭主になってますね」
「うぐぅ、そうだったとは知らなかったよ。今度はお祝い用にたい焼き買ってくるね」
「あははーっ、そのときも同じメンバーでパーティーですね」
「…料理は多い方がいい」
「おまえら、勝手なこと言うなっ、誤解だって言ってるんだろうが」
「よくわからないけど、楽しそうだから良いんじゃないかな、祐一」
それぞれが楽しげ(一人除く)なおしゃべりをしながら車を降りる。雪が少し積もった大きな門の前で、それぞれの荷物を抱えて。
冷たい空気が火照った頬を冷やすが、それも関係なさげに笑う。
「あとは、香里と北川、それに飛び入りか」
「あ、香里さんにも教えておかないとね」
「まだ言うか!」
真琴と祐一のおいかけっこが始まると、またもや笑いが生まれる。
「あ。来たよ。香里だよ」
名雪の声に皆が振り返る。
「お待たせ、潤をつれてきたわよ。今日はスペシャルゲストも居るんだから」
「へぇ、誰かな」
「それは見てのお楽しみ」
ちょんと唇に人差し指を当ててウィンクをする香里。
「あー、香里さん、あのねぇ〜」
「言うな真琴!」
おいかけっこする祐一と真琴をよそに、佐祐理先輩は門戸を開く。
「さ、部屋のセッティングはしてありますから、行きましょう」
佐祐理に続いてみんなが庭へとはいる。
「せっかくの栞のアイスケーキやあゆのたい焼きが台無しになる前に始めようぜ」
「賛成〜」
「そうですね」
「うん、いろいろ持ってきたからね」
「甘い物、たくさんあると嬉しいです」
「…甘い物は嫌いじゃない」
「あははーっ、こちらでも少し料理を用意しておきましたよ」
「あ、潤と一緒に来る子も料理持ってくるから」
祐一が香里の隣を歩く。真琴が変なことを吹き込まないためのガードでもあるが、飛び入りの子の情報を聞くためでもあった。
「飛び入りって、どんな子? 潤の友達?」
ふふ、と笑って香里はまた人差し指を唇へ当てた。
「秘密。でも、お祝いしてあげると喜ぶかもね」
「それじゃ、今日は二人のお祝いだ〜。祐一と名雪、北川君とその子で」
逆サイドに来ていた真琴が、すかさずそれだけ言うと逃げていった。ヒットアンドアウェイ戦法のようだ。
「ま〜こ〜と〜」
「あら、祐一君、名雪ととうとうそういう仲になったの? おめでとう」
「ちっが〜うっ! こうなったら北川だけが頼りだ、北川なら信じてくれるっ!!」
からかうとおもしろい…、そう思いながらも口にはせず、香里は黙って真琴を追いかける祐一の背中を見て微笑んだ。
パーティが始まる。
雪に白く染められた窓枠の、その窓の中では明るい笑顔。
白い手−ブルクロスがしかれた机の上にはたくさんの料理。
おいかけっこに疲れて眠る真琴と、本場のシャンパンに酔って一緒になって眠る名雪。たい焼きを食べてながらジュースの入ったグラスを離さないあゆ、アイスケーキを一人で黙々食べ続ける栞。
歓談する佐祐理と香里。料理の作り方をメモしている美汐と、料理を食べてる舞。
テーブルの上のろうそくは、まだまだ赤く燃えて。夜のとばりは、雪に踊るステージを与えて。
そして、男同士は…。
部屋の片隅で肩を寄せ合い、今日の出来事を報告しあって積もる雪のごとく友情を深めていた。
「女なんて」
「女なんて嫌いだぁ〜!」
女性ばかりの多いそのパーティで、小さな声で叫ぶ二人の背中には、実は哀愁が漂っていたかもしれない。
その二人にも、パーティーを祝う雪は降るのだった。