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ベンテュス村のお祭り
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 波間に人も村も森も紛れて見えなくなって、僕はようやく船の先端に向かった。
 初めて見る海原からの景色は新鮮で、強い潮の香りはむせるくらいだ。
 後ろから僕の頬をかすめて追い越した白い翼は青い風に乗って一息に高く舞い上がる。
 風を切る翼の軌跡が空に一瞬だけ、白い曲線を描いた。
 その行く先で焦がれるほどのまぶしい光を放つ太陽が、見上げた僕を照らしてくれる。
 まぶしさの中、パンヤ島は僕を迎えてくれた。

「ようこそパンヤ島へ! よろしくね、タンプーさん」

 桟橋の先に待っていたのは、そんな元気な挨拶だった。
 光に負けないまぶしい笑顔で右手を差し出したのはロロ、このパンヤ島の王女で今日からはキャディ仲間になる相手だ。

「こちらこそよろしく」
「いいなぁ、タンプーさんはすぐお仕事でしょ? 私も早くキャディとしての仕事もしたいな」
「今はお出迎えで手一杯なんだって?」
「うん、嬉しい悲鳴ってところね。カディエもアズテックの開発が忙しくてキャディのお仕事に行けないって言ってるの」
「僕の仕事もたくさんありそうですな、頑張らないと」
「期待してますよ、私やカディエの分までお願いね」

 少しかがんで手を差し出し返すと、彼女は僕の指を握って腕を振った。
 僕の胸の高さにも満たない彼女は、それでも堂々と僕を見上げる。
 彼女の姿は僕よりずっと小さいのに尊くて頼もしく見えたるのは、島の行事『パンヤ』参加者を出迎えるという仕事をこなしているからだろうか。
 僕も、誰かからそんな風に見られるようになるのだろうか。
 そうなれば、僕の願いは叶うのだろうか。

 ずっと村で過ごすんだと思っていた。
 緑豊かで実り多い森は、穏やかで平和だった。暮らしていくことになんの不自由もなかった。
 きっと、そのまま暮らしていくことはそれなりに幸せだったはずだ。
 なのに僕は来たんだ。
 遠い祭りの夜に別れてしまった少女を追いかけて、このパンヤ島へ。



「はぁい、タンプーさんお久しぶり〜」

 本部の受付事務所の奥、ひらひらと片手を振りつつもう片方の手は書類にペンを走らせて、カディエは僕を笑顔で迎えてくれた。
 座っている机の上には相当の高さに積み上がった書類が左右に分けておかれていた。左から右に、何か書き込まれた書類は積み上げなおされる。内容は僕には少しもわからない、書かれている文字も難しければ意味もさっぱりわからない。

「仕事がいっぱいのようですな」
「おかげさまでね。私も早くキャディの方の仕事もしたいんだけど、やっぱりもうしばらくかかりそうね」

 キャディ試験の時に会ったときと変わらないカディエに、少し安堵した。人間は殆どいなかった村から人間のほうが多いパンヤ島へ出るのは怖かったけれど、面識が少なくとも知ってる顔があるのは心強い。

「それで、あなたのキャディ契約の方なんだけど。お給金は6割村に寄付、3割実家に送付で本当に良いの? 手元にあまり残らないわよ?」
「それでお願いします。村もお祭り前でお金がいりますからな」
「うんうん。本部としては、あなたには上級プレイヤーだけと組んで欲しいんだけど、そういう条件で良いかしら?」

 その質問にはとまどうしかなかった。
 初めての仕事からいきなり熟達したプレイヤーと組んで、足を引っ張ってしまわないだろうか? そんな不安がどうしても頭をよぎる。
 察してくれたのか、また手をひらひらと振るとカディエは微笑んだ。

「あ、初仕事から上級者っていうのはやっぱり驚くわよね? でも他のみんなもいきなり本番で仕事をしてるし、プレイヤーもみんな承知してくれてるから大丈夫よ。それにね、タンプーさん」

 持った羽ペンをペン差しにさして、値踏みするような視線で僕を見上げた。
 僕も一応ソファーに座っているけれどどうしても体格差で見上げられてしまう。

「あなた、少しキャディとして有能すぎるのよ。初心者の人のパートナーになると、それがその人の力かあなたのサポートの力か、本人には見分けがつかなくなるわ。それって、初心者の人が上達していくためにはあまり良くないの。わかってくれる?」

 有能すぎる、というのはわからなかったが後半の方はわかる。
 ゆっくりと首を縦に振ると、カディエは切りそろえた髪を揺らして小首を傾けた。

「自分の有能さが信じられない? でも、テストの時の彼は通常より飛距離もスコアも格段に伸びたわ。そしてあなたに付けられた契約料金、いくらだとおもう?」

 ついと机の上から一枚差し出されたのは、僕の絵が描かれたチラシのようだった。
 新人キャディと書かれたそれには、契約金の欄に7万という数字が書き込まれていた。

「どう? その金額の価値があると本部はあなたを見ているのよ。そのチラシはもう張り出されているんだけど、問い合わせも結構来てるのよ」

 自分にそんな価値があるなんて思っていなかった。ここへ来る船賃が10万で立て替えて貰ったはいいけれどいったいどうやって本部に返せばいいのかと思っていたのに。
 契約料ということは、誰か一人と契約するだけでその金額になるということで、複数の人と掛け持ちすることができるから…とにかく、僕にはとんでもない金額がついているってことだ。
 きっと村の人も喜ぶだろうし、お母さん達がこの島へ見に来てくれる日も遠くないかもしれない。
 期待通りになれる自信はないけれど、僕は素直に本部の厚意を受けることに決めた。

「宜しくお願いします」
「こちらこそ。あ、こっちの書類にサインをお願いね」

 渡された別の紙にはカディエが言ったとおりの内容で書かれた契約書が、サインの欄だけを残して書き終えられていた。
 僕は覚え立ての字を間違えないように、ゆっくりと自分の名前を綴った。
 タンプー、と短いけれど両親の愛がいっぱい詰まった名前は思いの外上手に書けた。

「ようこそタンプー、これからよろしくね」

 繰り返されるよろしくの言葉に、嬉しくて自分から右手を差し出していた。



 壁いっぱいに広げられた幕に黒々と書かれた文字は、嬉し恥ずかしい気持ちにさせてくれた。
 恥ずかしくて見たくないって思うのに、しばらくすればまた見てしまう。見るとまた恥ずかしくて目をそらすのに、じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
 タンプーさん歓迎会、そう書かれた幕の正面に、僕の席は作られていた。

「はーっ、ようやく待望の男キャディだ! 仲良くやろうなっ!」

 そう言って肩を叩いているのはキューマ、褐色の腕がたくましくて叩かれているばしょが実は結構痛かったりする。
 アルコールが微かに入った果実ジュースをだいぶ飲んでいるらしく、挨拶したときと別人かと思うほど陽気だ。

「ドルフは男じゃなかったですか!?」
「ドルフもポンタもそりゃ男だけどさぁ、おまえは子供で何がなんだかわからないしポンタは喋らないじゃないだろ。漢として語り合える仲間が欲しかったんだよ俺は」
「ドルフじゃお役に立てないですかっ!?」

 村でも見たことのない生物…自称・イルカの子供のドルフは丸い瞳を潤ませながらキューマを見上げてる。

「あーっ、キューマったらドルフいじめてる〜! ダメだよ、子供いじめちゃ!」
「子供って、おまえだって子供だろう?」
「むー! そんなこという人と一緒にいなくて良いわよドルフ、あっちで一緒におしゃべりしましょ」

 仲裁のつもりだったのだろうロロは口げんかを加速させてドルフを抱き上げた。
 お互い口をとがらせてはいるけれど、本当のけんかにある険悪さは感じられない。きっとこのくらいのやりとりは二人にとっては些細なことで、もっと根っこのところではつながっているのだろう。
 そして抱き上げられけんかの中心人物のはずだったドルフは、ロロの腕にしっかとしがみついている。やはり女の人の腕の中が良い年頃なのかもしれない。

「キューマもロロもちょっと飲み過ぎかも。ごめんなさいね、タンプーさん置いてけぼりで」

 そういいながらコップにジュースをついでくれたのはティッキーだった。カディエの妹だが纏っている雰囲気は全然違う。素直で優しい感じの少女だ。頭の上でモッチもこちらに会釈してくれた。

「楽しいですよ、お祭り騒ぎは好きですし。そういえばティッキーさんにカディエから預かり物がありましたな」
「え? お姉ちゃんから?!」

 カディエの名が出た途端瞳が輝いたティッキーに、鞄を探って預かっていた小瓶を差し出した。仕事が忙しくて行けない替わりにと渡されていたんだ。
 まるで宝石か何かが取り出されたと言わんばかりに期待と喜びで輝くティッキーの前に置かれた小瓶の中では、三分の二ほどの高さまで入った透明な液体がゆらりと揺れた。

「ほうきに使えば、飛べるようになるって、言ってた」
「飛べる薬!? もしかして、魔女の秘伝の薬かなぁ! やったぁ!」

 両手で包むように受け取ったティッキーは灯りにかざすと、くるくると回り始めた。
 ほほえましい光景に見とれていると、キューマとは逆側から服の肘を引っ張られた。振り向けば……不思議な生物その2・ポンタが手もないのにジュースのつがれたコップをこちらへ差し出していた。

「ありがとう」

 ぽんぽん、と催促するように脚(?)を踏みならすポンタにせかされ、何杯めかのジュースを飲み干すとその先にはピピンがこちらをのぞき込んでいた。
 精霊族とは友好を結んでいたので村で何度か会ったことがあるけれど、記憶の中にいる彼女より手足がすらりと伸びていた。

「お久しぶりです、タンプーさん!」
「久しぶりです、ピピンさん。前の祭り以来ですかな」
「えへへ、そうだね〜。でもびっくりしちゃった、まさかタンプーさんもキャディになるなんて思ってなかったから」
「自分でも驚いてるくらいです」
「ねぇ、どうしてキャディに? お父さんと仲が良かったみたいだったから、てっきり村に残ってお父さんのお仕事を手伝うと思っていたのに」
「…お恥ずかしい話です」

 ぽつりと、僕に紡ぐことのできるありったけの言葉で懐かしい祭りの夜の記憶を語った。今まで誰にも話したことはなかったから、なんて言われるかが怖かったけれど、それでも構わないと思った。
 僕を温かく迎えてくれるこの人達なら、けしてひどい仕打ちはしないだろう。
 森の中での彼女の出会い、一緒に駆けめぐった野原、夜空に散った花火。
 会えなくなった頃のことを話し始めたときには、いつの間にかキューマとロロの口げんかも収まりみんなが静かにこちらに耳を傾けていた。

「……そんなわけで、キャディになったんです。やはり、動機が不純ですかな?」
「そんなことないよ! 素敵だよ、タンプーさん」

 ティッキーはそう答えると、胸の前で手を組んで何度も深く頷いた。

「素敵だよね、好きになった人のお手伝いをできたらって思うよね!」
「ティッキーってば、もしかしてパートナーのマックスさんのこと?」
「わ、そんなんじゃないけど〜、でもマックスさんステキだよね〜」

 どっと、ティッキーを囲んで女性陣が盛り上がると、いつの間にかキューマが肩を今度は優しく叩いた。

「女を追いかけてっていうのは男としてはちょっと恥ずかしいかもしれないけど、その気持ちはわかる。見つかると良いな、その女の子」

 ああ、いい人達が、今日から僕の仲間になるんだ。
 お父さんお母さん、どうぞ安心してください。
 不思議な人たちが集まって少しとまどうところもあるけれど、とても優しい人たちです。
 僕は元気にやって行けそうです。

 気持ちよく、ほろ酔い気分でその夜はあてがわれた宿舎で眠りについた。