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氷中華


 私らしくない、終わった後でそう思った。
 そう、確かに私らしくない。
 乱れた布団、はがれたシーツ。
 …身体を起こして、もう一度辺りを見回す。
 カーテン越しに暗闇。かかったままのCD。
 かき上げても肩に張りつく髪、そして……。
 裸体をさらし、動かない名雪。

 幸せとは、何を持って言うのか知らないけど、私にとって「幸せ」だった時期は確かにあった。
 たった一人の妹、病弱な妹。か弱くて、細くて、守って上げないと心配でしょうが無かった、大事な妹、栞。
 学校から帰るたび、その日の出来事を聞くのが大好きで、いつも私の側にいたかわいい妹。
 私と同じ制服で、同じ学校へ行くのを、本当に喜んでいた、あの子。
 その笑顔を見ていたその時こそが、私にとっての「幸せ」だったんだと思う。

「名雪、聞こえる?」
 名雪の顔が、ぎこちなくゆっくりと私の方を向く。目の焦点はまだ合っていない。
 …当然だと思う。私は、かなり手荒に名雪の身体を荒らして、無理に達するようにさせたんだから。
 目線を名雪の身体沿いに下半身の方に向ければ、あちらこちらに小さな痣、そして足の付け根からうっすらと滲む、血の紅。
 これでもう、戻れない。名雪との友情は、私がこの手で壊した。
 これでもう、私は失うものは、ない。
 大切なものはもう、何もないんだ。

「泣いてるの? 香里…」
 か細い声が、思い出を邂逅していた私を現実に呼び戻した。
 名雪の瞳は、いつの間にか光を取り戻していた。
 そして、さっきと同じくか細い声で、また尋ねてきた。
「香里…辛そう、だよ?」
 その声は…妹の声を思い出させた。
 白く明るい、病の床の、栞の声。細くて…消えそうで…。
「名雪、あなた…何をされたか解っているの?」
 ワザと名雪の身体に手を伸ばす。と、触れる直前に身体がビクリと震える。
 その震えさえも、今の名雪には重労働のようで、手を離すと荒い息を何度もつく。
「…っ解ってる…よ…っ」
 名雪は無理矢理深呼吸して息を整えると、私の手首を掴んだ。
「っ!」
 今度は私の方が驚く番だった。
「名雪?」
 私には、名雪の行動が信じられなかった。
「香里…悲しんじゃ、ダメだよ…」
 名雪は、私を見つめている。
 自分を汚した私を、見つめている。
 私は…自分の弱さを、痛感した。

「私は、名雪が羨ましかったの」
 そう、私は羨ましかった。
 陸上部の部長、健康的で、のんびりとしていて、明日が必ず来ると信じて疑わない笑顔で。
 …そんな名雪が羨ましかった。
 自分自身は、今のままでもちろん満足している。
 だけど…名雪の健康さが、夜になると羨ましくて仕方がなかった。
 妹が苦しそうな顔をする度、名雪の健康さが妬ましかった。
 名雪が幼なじみと何の疑いも持たず帰る後ろ姿が、悔しくて仕方がなかった。
 病弱に生まれた、それだけであの子の願いは叶わない。
 健康に生まれた、それだけで名雪の願いは容易に叶う。

 その不公平さが、私には耐え難かった。
 悔しくて、悲しくて…。
 そして、いつの間にか私の心に、狂気が住み着くようになっていた。

 栞は…妹は、もう間もなく死ぬ。
 私は、一番大切な人を失う。
 だったら、失うモノは全部失ったって良いじゃない。
 私の大切な人は、居なくなってしまうんだから。

 狂気は、理性の下で牙を研ぎ、表に現れる隙をうかがっていた。
 そして、チャンスはやってきた。
 栞の精密検査の日は、家に誰もいなくなる。
 誰も、栞の容態がどうなのかを家でじっと考えていたくないから。
 だから、誰もいなくなる今日、名雪を家に誘った。

 最初は冗談だと思ったらしい。でも、押さえつける手から力を抜かず、制服のボタンを外し始めたところで、名雪にも私が本気だと解ったようだった。
 名雪は叫んだ。でも、その声は誰にも届かない。
 誰もいない家、ましてベットの布団に埋もれて響かない声は、何の役にも立ちはしなかった。
 下着を外し、必要なだけずらすと顔を近づけ、匂いを嗅いだ。
 名雪の声が嗚咽になり、時たま拒否の言葉が小さく聞こえても、私はやめなかった。
 すべらかな肌に舌を這わせ、柔らかな張りのある双丘に頬ずりすると、小さな叫び声がした。
 制止の言葉を繰り返しながらも名雪の力は完全に抜けて、私の片手で組み倒せる用になっていた。
 私はそのまま黙って左手で名雪の身体をもてあそぶ。
 固くなり尖った先端をつまむと名雪の身体が跳ね上がり、指先が秘められた場所へ近付くと身体をねじって逃れようとする。

 自分の手の中で、私に踊らされる名雪…。
 純潔を私に汚され、敏感な部分を嬲られ…そして、強引に達せられて。
 濡れていないうちから擦り上げられたその場所は、赤く充血して。
 何度も何度も頂点を迎え、とうとう気を失って。

 それが、私の望みだった。
 私の望みは達成されたはずだった。
 なのに……。

 私の頬には、確かに涙が伝っていた。

「香里は…寂しかったんだよ」
 何も言わず、涙を流すだけの私に、名雪はそう語ってくる。
 自分をめちゃくちゃにした、私に。
「きっとそうだよ…だって、泣いてるもん」
 名雪の手は私の頭の上に、そっと置かれた。
「私は……名雪を失って…何も残したくなかったのに…失うものを、持っていたくなかったのに…」
 頭に乗った名雪の手のひらの熱が、私に伝わる。
「大切な人を失うから、もう失うのは一回だけで良いからっ…!」
「香里にとって、私は大事な人だったんだね? 私も香里が大事だよ」
 名雪は身体を私の方へ寄せると、腕に頬を寄せてきた。
「香里は、失わないよ。だって私は、側にいるもん」

 暖かかった。名雪の手が、名雪の頬が、名雪の心が。
 私は、冷たくなった名雪の肢体を、強く抱きしめて、泣いた。

 長く続いた雪の季節は、終わりを告げた。
 短い春に、今とばかりに桜が咲き乱れる。
 桜が散ると、すぐに夏が来て、夏休みが来る…が、それはまだもう少し先の話。
「香里、一緒にかえろう」
 部活の打ち合わせが終わった名雪が、昇降口から私の方へと駆けてくる。
 すがすがしい空気、ほのかに漂う花の香り。
『香里は、失わないよ』
 その言葉通りに変わらぬ笑顔を、舞い降りる桜の花びらが縁取った。