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かのこい?
序章

 夢。
 夢を見ている。
 眼下の黒髪に揺れるうさぎの耳と、大きな緑格子の柄のリボン。
 上目遣いにこちらを見る大きな瞳。
 それらは愛らしく、ずっと見ていたいくらいのものだった。そう、それが裸の自分の下半身に抱きついて、男としての大切な部分を弄っているのでなければ。
 俺・相沢祐一はまだ高校生男子で、親戚の家に居候している身で、彼女も居なければ女の子にこんな奉仕をしてもらえるような覚えは全くない。
 奉仕をしてもらえたとしても目の前の少女達は幼すぎて、こんな事をさせていたら犯罪か特殊な趣味としか思えない。
 だから、これは夢。
 夢を見ている。
 ……俺は心の底から、そう思いたかった。

「あははーっ、初めまして。今日は一つ宜しくお願いします」
「初めまして…って、間抜けな挨拶してる場合じゃないな。あんた…じゃなく、君たちはいったい? どうやってここに?」
「名前はちび佐祐理です、ちびさゆって呼んでくださいね」
「……ちび舞。ふたりでちびちびコンビ」

 健康な男子の証でもある液体を飲み、舐めてからようやく下半身から離れてくれた少女達はそう名乗り、決めポーズらしき物を決めた。頭上のアクセサリー類が、勢いよく揺れる。

「…ええと、寝直すか」
「あっ、申し訳ありませんがもう少しだけお付き合いください、祐一さん」
「ほら、得体の知れない女の子が俺の名前を知ってる時点で夢だ。寝直しておかないとな」
「精気を吸うと、相手の簡単な記憶とかはわかるようになるんです。だから大丈夫なんですよ」
「精気を吸うって、そんな幼いうちから痴女ごっこなんてする物じゃないぞ。さぁ帰った帰った、俺は寝るんだから」
「…祐一、起きて」

 空を切る音と同時に、何か冷たい物が枕に頭を乗せた俺の鼻先に触れた。
 鋼色のそれが剣の切っ先だと気が付くと同時に、体中の毛穴からどっと汗が噴き出した。

「…はい」

 速やかに身体を起こすと、はだけた寝間着を整え、ベットの上だが少女二人に正座した。情けないが命は惜しい、死んで花実が咲く物か。

「ダメですよ舞、祐一さん驚いてるじゃないですか」
「…佐祐理が困ってるみたいだったから」
「あははーっ、舞は優しいですね。ありがとうございます」
「あの、それでお二人は、いったい?」

 とりあえず聞いたところまでで判断すると、少女達は自分のよく知る人物達とそっくりの名前を持つらしい。確かに、その二人と少女達は面影が重なる。違うところと言えば、目の前の少女達は遙かに幼いことだけだろう。

「で、そのちびちびコンビとやらはどうして俺のところへ来て、腰にまとわりついて来たんだ?」
「あははーっ、それはですね。ちびちびコンビはサキュバスの見習いだからなんですよ」
「…ごちそうさま。祐一の精気、おいしかった」

 サキュバス。女の姿をした夢魔で人間に淫靡な夢を見せる悪魔の一種。精液や精気を吸い取ると言われてる。
 ああ、だから幼い顔をしているのにこの二人はそれはおいしそうに俺の精液を舐めとったのか。なるほど。
 ……で、これが夢以外の何だというのだろうか。
 だが何故か達成後のけだるさや脱力感はあるし、シーツやシャツの感触などはリアルで、嫌な感じが抜けきれない。
 認めたくない物を目の前に持ってこられ認めろと言われているような感じがする。
 下手に否定するより、一応受け入れた方が良いのではないか。…浮かんだその考えに俺は身を任せることにした。

「で、見習いさんが何のご用かな?」
「はい。佐祐理と舞はサキュバス昇級試験中なんですが、まだ誰の精気も集められていないんです。誰か人間一人に手伝ってもらってたくさんの精気を集めるのが試験の内容なんです」
「……手伝って、祐一」

 夢魔に昇級試験があるというのも初耳だ。
 どこかのアニメで魔女が昇級試験を受ける話は聞いたが、今日日の夢魔もそんなものなのだろうか。……もちろん、今日日でない夢魔の実情なんて知らないが。

「うーん」

 否定しないで受け入れてみれば、これは悪くない夢なのかもしれない。
 朝起きたときに下着を汚していなければいいなとは思うが、もうすでに遅いような気もする。
 ならば、この少女の話に乗ってみるのも良いだろう。
 たとえ少女達の言葉が本当でも、夢魔が出てくる世界ならこれは夢なのだろうから。
 一晩、『いい夢』を見られると考えれば気楽なものだ。…先ほどの剣先の感触を思い起こせば、それしか方法もなさそうだ。

「いいよ。俺で良ければ」
「ありがとうございます、ではさっそくですが」

 ちび佐祐理さんが、俺の手になにやら小箱を押しつけてきた。
 木製の箱に見えるが、TVによくある魔法のグッズか何かだろう。
 ……たとえ、その蓋に『花札』という文字が見えても。

「それは『魔法の花札』です。それで女の子と『こいこい』で勝負をしてきて下さい」
「本当に花札かっ」
「あははーっ、トランプとかUNOとかもあったんですが、佐祐理がくじ運が悪くて花札になっちゃったんです。…やっぱり花札じゃ、お嫌ですか…」

 俺の突っ込みにちび佐祐理さんの表情が曇る。まずい、と思うより早くちび舞から殺気のこもったセリフが突きつけられた。
 
「…佐祐理を泣かせたら許さない」

 俺にはそれが何も言わずに引き受けろ、という無言の脅迫に聞こえた。むしろ、きっと誰が見てもそう思ってくれるだろう。

「大丈夫、引き受けるよ。それで、具体的には何をすればいいのか詳しく教えてもらえないか」

 ちび舞の殺気が収まる代わりにちび佐裕理さんの瞳が輝き、身を乗り出して花札の説明をしてくれた。

 曰く。
 この花札には魔力がこめられていて、この花札でこいこいをすると催淫効果があるんだそうだ。
 さきほど二人が俺の精液を吸収したのは、この花札を扱える力を与えるための行為だったらしい。
 自分たちの力に俺の精気を取り込むことで俺を花札の魔力になじませるんだとか。
 とりあえず、この花札でこいこい勝負をして勝てば、相手はHしたくて仕方がないという状態になるらしい。
 Hをして相手を快楽の頂点に達成させると、その精気をこの花札が自動で吸収して保存、ノルマ分=5人分を吸収させて提出すればちびちびコンビは試験合格になるということらしい。

「いきなり花札勝負なんて引き受けてくれる人がいるのかな」
「大丈夫です、この世界は祐一さん、あなたの夢をちび佐祐理たちの力で固定化させているんです」
「というと?」
「祐一さんと親しい相手しかいないですし、相手の方もそうなって良いと思ってなければこの夢にいられないんです」
「親しい相手って、名雪とかも? 毎日顔を合わせる相手とするのはちょっと気が引けるなぁ」
「…これは夢だから。起きたら、みんな覚えていない」

 追加で聞いた説明によると、今居る『夢の世界』には、俺の知り合いの夢とリンクしていて、相手は何があってもすべて夢としか思わないし目が覚めればすべて忘れてしまうらしい。
 また、花札の魔力で気持ちの良い感触しか相手は感じないし、夢の中での出来事(たとえば怪我など)は、現実には反映されない。
 身体は小さいながらも俺の夢の世界をそういう風にできるくらい、ちびちびコンビの力は強いらしい。
 とりあえず、この世界では知り合いしか居ないから、その知り合いから精気を奪えという話だ。
 気恥ずかしい気もするけれど、ちび舞の迫力とちび佐祐理さんの期待する眼差しには逆らえなくなっていた。

「とりあえずやってみるよ」
「ルールを熟知している人や運が強い人は花札の魔力が効きにくいので注意してくださいね」
「じゃ、花札を知らなさそうな相手を選んだ方が良いのかな」
「ええ、それに祐一さんに心を開いている相手ならば、花札の魔力が効きやすいですよ」
「俺に心を開いてる人なんて、そんなにいるかな?」
「あははーっ、祐一さんは素敵な人ですから、たくさん居ると思いますよ」
「そうか、ありがとうちび佐祐理さん」

 俺に心を開いているかどうかは知らないが、ルールを知らなくて、運が強くない相手というと真っ先に浮かんだ顔があった。
 
 沢渡真琴、俺とおなじ居候の身でありながらこの水瀬家に家族同然にとけこんだ少女。
 運のなさと世間知らずに置いては、俺の知り合いに誰とも比べることができない奴だ。
 
 第一の標的を決めると、俺はちびちびコンビに手を振って部屋を後にした。