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蓮根美菜樹

 半分冗談だった。
 隣町の学校の子がやってるって噂を聞いてきたって話から始まった「お遊び」か「話のタネ」にするつもりだった。
 そう、まさか本当に「お客さん」が捕まるなんて思っていなかったんだ。

「どうしたの? アイス、とけるよ?」
 その声で私は正気に戻った。見ると確かに皿に盛りつけられたシャーベットが溶けてきている。
 少し視線を上げると、にこやかな笑顔で私を見つめる男の人がいる。
 …この男の人が、そう。「援助交際」の、相手。
 顔はまぁいいほうだと思う。でも、年齢がいくつなのか見当も付かない。
『教授か、金はあるけど女にもてない学生しか声をかけてくる人はいない』なんて噂を信じて近所の大学前にいたら、どういうわけかこんなのが来たんだ。
 噂は信じるもんじゃない、そう私は心に刻むことにしたけど、目下の問題は相手がどんな人なのかを知ることだろう。
 学生にしては大人びてるし、教授と言うには若すぎる気がする。かといって、大学の前の通りは普通のサラリーマンが通るには少し辺鄙な場所にある。一体この人は何をしてる人なんだろう?
 …テストにさえフルには活用できない頭を、こんな時にフル活動させても意味がない。
 成功すれば一発で謎が解ける方法を思いついたので、そちらを実行してみることにした。

「仕事って何してるんですか?」
「大学の教授だよ〜」

「……はい?」
「教授。バイオテクノロジーの研究をしてるよ」

 あっさりと作戦は成功した。
 けど、私の頭の中は、明確な答とは裏腹にこんがらがるばかりだ。
 教授って言ったら、大学の先生なのに…。
「先生なの?」
「はい、そうですよ」
 もう一度じっくりと相手の顔を見る。
 確かに、バカには見えない。が、
「教授って言ったら白い髭の生えてる人とか、白髪混じりで黒縁眼鏡かけてるとか、髪が薄くて太ってるとかじゃない?」
 って、いつの間にか口にして聞いてるし。
「ええ、そういう人もいますよ。でも、全部の教授がそうなわけじゃないですよ」
 困ったような顔で、それでも穏やかに返事をしてくる。
「それに私は、まだ教授になってから日が浅い方ですから。それより」
 彼の視線が食べ終わった私のケーキ皿を見る。気が付いて外を見れば、かなり暗くなってきている。
 つまり彼はいよいよ、私を…そういう場所に連れていきたいんだろう。
「食べ終わったようですね」
「は、はいぃ」
 自分でも声がうわずっているのがはっきり解って、慌てて軽く頬を叩いた。
「お家、送りますね」
「……はい?」
 私は思わず彼を凝視した。
「あの………、私、援助交際してるんだってわかっていて声かけたんだよね?」
「ええ」
「で、もう終わりで良いの?」
「……実は、ですね」
 彼は机に身を乗り出した。私も耳を寄せる。
「私、援助交際ってどうやるものなのか、わからないんですよ」
「は?」
「だから、普通の交際にして貰えないでしょうか?」
 照れたような、困ったような、それでいて恥ずかしそうな笑顔に、私は何かとっても大切なものを見つけたような気がした。
 だから私は、やってみることにした。
「良いよ、自己紹介まだだったよね。私の名前は……」
 援助ではなく、恋愛としての交際を。