眼鏡をケースにしまい、制服のポケットに入れる。
ぼやけた視界に移るのは、金色の世界。
ステンドグラスから差す光が、パイプオルガンの管に反射し、講堂内の隅々を照らす。
一呼吸。
隣には、級友たち。
視線を少し下に向ければ、そこにも多くの顔、顔、顔。
私の瞳に映りながら、私には認識できないその表情が輝いていることを、身体が、心が感じている。
そして、自分の顔も同じように輝いていることも。
空間に暖かな静寂が広がり、一本の見えない糸が張られる。その糸は、場にいる全員の心で繋がれている。
誰もが知っているのだ。誰もが感じているのだ。
自分たちが持つ糸の名を。
それは…そう。
一体感。
喉を、胸を震わせ、その旋律を唇から紡ぎ出せば、大気にとけ甘く広がり、言葉は音になり染み通る。
自分の声、級友の声、名も知らぬ人の声が重なり、交わり、溶け合う。
瞬間、刹那は永遠へと繋がり、自分の心の向こうを垣間見せてくれる。
「もう、1年無いんだね〜」
折角のソプラノの声が、口に入ったままのご飯のせいでくぐもる。
校庭でのはしゃぎ声が遠くに聞こえる屋上、ゆったりと流れる白い雲、そして、私の頬を撫でる弱い風。
「私たちが、賛美歌を歌っていられるのも、高等部卒業までですわね」
少し落ち着いたアルトの声が、上品な言葉使いで穏やかに応える。
「でもうちの学園、どうして高等部までしか賛美歌の時間が無いんでしょうね?」
「賛美歌の時間があること自体、珍しいんだけどね」
弁当箱の蓋を閉じると、アルトの声に続いて私も話に加わった。
「でも、賛美歌はとにかく、歌は歌っていけると思うんだよ」
私の言葉に、小首を傾げる友人二人。その前で、私はさも大事な話をするような顔をして、二人を手招きする。
…ちょうど良い機会だろうと思った、大事な友人に私の夢を話すには。
「ええっ!!!」
綺麗に重なる声は、あまり耳元で大きく出されるとやっぱりうるさい物らしい。
「音大の声楽科へ行く?!」
「大きな声で言わないでよっ」
慌てて片方の口を塞ぐと、もう片方の口がためらいがちに開かれる。
「ここは大学部までそのまま持ち上がりですわよ? また同じ学舎で、一緒にお勉強できると喜んでいましたのに…。何も別の学校に入らなくても、サークルなどで活動という手もありますし…」
その言葉に、私は首を横に振る。
「そうじゃなくて、たくさんの人の前で歌う仕事をやりたいなぁって。昔から漠然と憧れていただけだったけど、私…」
見つめる眼差しが4つ。見つめ返す眼差しが2つ。
大きく息を吸い、私は一息に夢を言葉にする。
「オペラ歌手になりたい」
こぼれるような笑みと、暖かな眼差しが、友人達の顔を彩った。
振り向けば、いつも隣に居てくれる人。
隣で、いつも笑顔を向けてくれる人。
このとき、それは私にとって大切な友人達だった。
他の誰かになるなんて、思いもせずに。