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夕焼けの朱が、校庭を包む。その中を走っていく見知った顔がいくつか。 一人がこちらを見つけて、大きく手を振りながら叫ぶ。 …わたしも、苦笑しながら手を振り返す。 友人達は、細く長い影を残してまた、走り去る。 そうして、昇降口から出る人がまばらになったのを確かめてから、私は移動する。 『今度の日曜、知り合いを紹介するから必ず来るのよ』 今日の帰りに友人から言われた言葉が、少し胸に痛い。 『気持ちは…判らないこともないけど…そろそろ誰かと付き合った方がいいんじゃないかな?』 わたしのためを想ってくれているのは判っている。けれど、やっぱり胸が痛い。 『…何処にいるとも、本当にいるともわからない男の子を待つよりも、さ』 本当に、胸が痛い。 一階の渡り廊下を歩いて特別教室棟へ入ると、少しだけざわめきが聞こえる。文化系の部活動はもちろん行われているから。 本当は先週までなら私も今の時間は部活に勤しんでいたけど、もうそれも引退させられた。最高学年の私たちは、もう就職や進学の準備ために残りの学生生活を使わなければいけない、と。 正直、いつどうやって準備するかぐらい生徒の自由にならないかな、とは思う。 もっともさっき帰っていった友人達は、部活に追われない早帰りにはしゃいでいたけれど。 静かな教室を探して回る。あんまり奥に行くのは寂しいから、できるだけ手前の方で。 と、「軽音部」と書かれている札が目に止まる。中からは何の音もしない。 そうっと開けると、ドアは乾いた音を立てて横に滑り、覗くと部屋の端に片付けられた椅子と机だけが展示されているかのようにそこにあった。 後ろ手にドアを閉め、椅子の一つに腰掛けると、わたしはカバンの中からぬいぐるみを出す。 白いうさぎの、テープレコーダー内蔵型のぬいぐるみ。 大事な人が残したプレゼント。 『おっす、おれバニ山バニ夫』 懐かしさに頬が綻んでしまう。 声の主は、折原浩平。わたしの幼なじみで…恋人。 彼の存在を覚えている人は、誰も居ない。 去年の今頃には、この校舎を、あの歩道を、一緒に歩いていたのに。 わたしの目の前で消えてしまった彼が残していったものは、彼を待つ間の心の支え。 「懐かしい声だね」 思わぬところから声がかかったので、私はつい飛び上がってしまった。 振り向くと、ロッカーの上に寝そべる細身の少年がいた。 窓からの逆光で、いないように見えたのだ。 誰もいない教室へこっそり入ってきてぬいぐるみの声を聞く…そんな所を見たら、たいていの人はおかしいって思うはず…。 「ごめんなさい、部活動の邪魔してっ、わたし出ていきますね」 慌てて愛想笑いを浮かべて、荷物を集め直す。 「いいよ、部活なんて開店休業なんだし。それよりも君のそのぬいぐるみが気になるんだけど、もう一度声を聞かせて貰えないかい? 昔の友人の声に似てるから」 その言葉に、わたしは動きを止めた。 「浩平…折原浩平を覚えているんですか?」 少年はロッカーから降りると、真っ直ぐ近付いてきてぬいぐるみの頭を撫でた。 「やっぱり彼か…」 間近で見ると、色の白い、女の子に騒がれそうな美少年。 その少年が、不意に私の顔をのぞき込んだ。 「僕は氷上シュン、折原君とは同じ新入生の時にこの部活に入ったから、覚えているよ」 赤みがかかった瞳がとても神秘的で、なのにどこかで見たような気もした。 その瞳が、私のことを尋ねるのを感じた。 「わたしは、長森瑞佳。浩平の幼なじみです」 「よろしく、長森さん」 人なつっこい、だけどどこか儚げな笑顔を、夕日の朱色が人肌色に染めていた。 この時、私は仲間を見つけた気がした。 先生も、彼を養っていたおばさんも忘れてしまった彼の存在を覚えてる、数少ない仲間を。 そう思ったことが、本当は間違いだと気が付くのは、もうしばらくしてからだった。 |