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側にいた人
〜橘 敬介〜


 白い表紙だったものは、薄いベージュにくすんでいた。
 薄い、一冊のアルバムには、写真の代わりに一枚だけ、メッセージが書かれた紙が挟んである。
 僕の一番大切な人が、最期に残した物はこんな紙切れ一枚だった。
 その紙に書かれていることは、こんな事だった。

『悲しい想いを繰り返すことが。わたしの望みではありません。
 悲しみの連鎖なら、途切れますように。
 喜びの連鎖なら、続きますように。
 わたしが大切だと思ったあなたが、いつでも笑っていられる事が、たった一つの望みで、願いです。
 どうか、大きくなっても覚えていてください。
 このアルバムを見るたびに、思いだして下さい。
 わたしが、あなたを愛していることを。
          郁子  』
 
 そんなはずはないのに、まるでそこで自分が消えることを知っていたかのようで、何度読んでもいたたまれない気持ちが込み上げてくる。何度も捨てようとして…結局ここへしまい込んできた。
 このアルバムには本当は何枚もの写真が貼ってあった。可愛い娘が赤ん坊の写真、幼稚園の入園式の写真、運動会の写真、すべて、写っているのは郁子と娘の笑顔だったのを覚えている。
 それらを、総て捨ててしまった。
 見ているだけの強さを、僕は持っていなかったから。
 まわりの反対を押し切ってまで一緒になった、大切な人をがもう二度と戻れないところへ行ってしまったから。
 その失った後の空虚さに

 一人…いや、忘れ形見の観鈴を残され二人になった俺は、思うようにいかない現実に抗った。
 仕事にも、実家からかかる電話にも、自分の弱さを見せられなかった。
 だから、観鈴が自分の手に負えないことを知って、愕然としたんだ。

 実家の橘の家へ戻ることは考えなかった。
 僕と郁子の子どもを、足手まといだと思われたくなかった。迷惑だと言わせたくなかった。
 …今考えれば、子供じみたわがままのようだったと思う。
 それでも、自分で生きていけると思って、そのくせに郁子の妹に娘を預けてしまった。

 今なら、本当に自分で生きていける。観鈴と一緒に、郁子と暮らした街で生きていける。

 自分のことで手がいっぱいだったこれまでに別れを告げるために、僕は空白のアルバムをカバンに詰めた。
 もう一度、観鈴の写真で埋め尽くせるように祈りながら。

 時間は待ってくれないことに、気付かないままで。