postlude
湿気を多く含んだ熱気、それは人を不快にさせる。 海の近いこの町は、夏になるとその不快さを発揮する。 そこが嫌なところでもあり、離れてみると懐かしいところでもある。 毎年この時期に帰っては来るものの、結局目的を果たせた試しはなかった。 でも、今年こそは最後までやらなければならない。 カバンの中のアルバムに、また写真が増えるように。 街中で、腰を下ろしてる青年がいる。 まわりを信用していないような、すさんだところのある瞳。 大きな体に面白い柄のTシャツとアンバランスなことこの上ない姿だ。 だが、僕は知っている。 彼が、娘の住む家に居候していることを。 娘は案外、彼と過ごすこの夏を純粋に楽しんでいるようだ。 あの子が生まれたとき、僕と郁子と観鈴の3人がいた。 それが今は晴子と彼と観鈴の3人になっていることに、 自分が手放した物の大事さを思い知らされる。 …観鈴を囲む2人に、嫉妬に近い感情を抱いていることも。 僕の腕には包みが一つ。中身はイチゴのショートケーキだ。 店員がドライアイスを入れてくれたから、まだ辛うじて冷たい。 今日は観鈴の誕生日、今はこんな形でも観鈴の祝いになってくれればそれでいい。 この夏の終わりには、観鈴を僕のところへ、 本当の幸せのあるところへ連れて行くんだから。 「というわけで、君の発展を祈って」 少々の会話の後、 少し突飛になったが僕は箱を青年に渡す。 「お礼。家に帰ってから開けてくれ」 疑う青年に、僕は少し好感を持った。 悪い人間ではないようだ。ただ少し、不器用そうではあるが。 観鈴の側にいる人間が、いい人であってくれて安心した。 彼ならきっとあの子に届けてくれるだろう。 あの子が生まれてきたことを祝う人が、この世にいる証を。 END |