prelude
揺らぐ陽炎がアスファルトから立ち上る。…それは毎年見ている風景。 ただ、いつもと今年が違うのは、私のお腹の中に私の物でない生命が宿っていること。 「暑いわね…でも、もうすぐ家に帰り着くから、我慢してね?」 声をかけてさすると、中から蹴られる感触が帰ってくる。 ちゃんと生きている、私の中で育っている、その実感に自然と口元がゆるんでしまう。 「本当に、早く帰らないと…」 目の前に続くアスファルトは上り坂になって、空との境界線を引くように途切れている。その頂上が、この街の中で私が一番好きな場所だ。 あそこまで行けば、あの人との住まいが見える。 あそこまで行けば、空の近さが感じられる。 自分が一人ではないと、大きなものに包まれているのだと気付かされる場所だ。 手に持ったバッグを握りなおす。中に入れてある母子手帳は、次からは子どもの成長を記していくだろう。 だから、けして無くさないように、離さないように。 「行きましょう、あの空へ」 |