君に捧げる舞踏会 幕開け カウントダウン |
表に貼り付けられた紙が剥がされた看板を盾にすると、小気味よい振動と共に着弾音が耳元で響く。 ベニヤ板だから余計に音が大きくなるのだが、他に使えそうな物はないのだから仕方がない。 「佐祐理さん、大丈夫か?」 「はい、舞も佐祐理も大丈夫です」 「じゃ、ちょっと撃つから、かがんでいてくれ」 そう言葉を残して、俺は看板から身を出す。そのまま手に持ったエアガンを発射すると、相手の攻撃が当たる前にまた看板の影に隠れる。 …この1時間で何度繰り返したかわからない動作だ。 隠れると同時に一斉に看板に弾が当たり、また音が耳元で響く。 相手側の方からもいくつか悲鳴が上がるが、それより撃たれる弾数の方がまだ多い。 これだけが頼りとばかりに、手に握ったワルサーP38型のエアガンを握りしめる。 「大丈夫ですか? 祐一さん」 「いや、大丈夫。まだいけるよ」 そう言って、佐祐理さんが用意してくれた銃を構える。 ふぅ、と俺は少し溜息を付き、ほんの1時間前のことを思い出していた。 空は程良く晴れ、風は秋の匂いを孕んで心地よく吹いていた。 昨日の文化祭の疲れがわずかに残っていたが、これから始まるイベントを考えれば気にもならなかった。 「…祐一」 「なんだ、舞」 「…あれ、なに?」 イベントのために招いた舞が、着物の袖もそのままに校庭に集まった人々の中から一つのグループを指さす。 ヒラヒラしたそろいのスカートを色違いで3人で着ているグループだ。 「ああ、あれは日曜の朝にやっている魔女っ子モノのコスプレだな」 「そうだったんですか、佐祐理には判りませんでした。佐祐理達がしている格好は判りましたけど」 舞と一緒に来て貰った佐祐理さんも話に交わる。 スーツと同じ色の帽子が佐祐理さんの頭には少し大きいらしく、動くと少しずれてそれをなおす仕草がまた愛らしい。 「舞は何の格好をしてるか、自分で判るか?」 「……」 こくり、と舞が頷いて俺を指さす。 赤い上着に青のシャツ、締めているネクタイは紫がかかった薄い水色だ。 「…ルパン」 「そうだ」 続いて佐祐理さんを指さす。 深いダークグレーのスーツにそろいの帽子、水色のシャツに黒いネクタイを締めている。 「…次元」 「あははーっ、正解ですよーっ」 迷わず答える舞は、最後に自分自身をさすと、小さく笑いながら嬉しそうな声で自分の姿が誰の物かを口にする。 水色の無地の着物に、それより濃い色をした男物の袴。腰には以前俺も使った木刀を携えている。 「…五右衛門」 「ああ、そうだよ、舞」 俺達三人は、相談しあって『ルパン三世』のコスプレをすることにした。 決めた理由は、先日佐祐理さんの家にお邪魔して舞と三人でアニメ版のビデオを見て以来、舞が石川五右衛門の真似をするようになったからだ。 舞の熱の入れようは、他には淡泊な舞らしからぬ物があった。 だから今回の衣装と分担は三人一致の意見でこうなった。 参加者は仮装をすること。 参加者は在校生か卒業生を含む在校生の3人一組でチームを作ること。 それが今回開かれるイベントの参加条件だった。 仮装するのは、挑戦者側と生徒会側とを区別するためらしい。ついでに、非道く汚れるらしく『あまり高価で無い服で』とポスターに注意書きがあった。 因みに、制服がガード側の服装だそうだ。 同時に、同じチームと判りやすい服装でとも。 10月になり、生徒会があたらしいメンバーで構成され、新生徒会長が「学園祭と後夜祭の間にイベントを行おう」と企画したのが今回のイベントなんだが、それだけだったら参加なんてするつもりはなかった。 文化祭に目一杯力を注いで、キャンプファイヤーのある後夜祭までは眠っていたい。…そう思うのは俺だけじゃないはずだ。 そこはもちろん生徒会も心得ていたのか、二つの商品を呈示してきた。 一つ目は、県外の有名高級ホテルの3人一組宿泊券。 二つ目は、この学園に伝わる『伝説』を作ったといわれるドレスだ。 『学園の舞踏会には、女の子が信じる伝説がある。』 『そのドレスを纏った女の子と踊ったカップルは、必ず幸せになれる。』 …まるで何処かのゲームのようだが、女の子達はその伝説を信じて、好きな男の子に伝説のドレスに似た衣装でダンスを申し込むという。 今まで誰が最初に着たのか、誰の手元にあったのか判らなかったんだそうだが、新生徒会長の父親が持っていたことが判明して、景品となったらしい。 ……ということは、生徒会長の父親は伝説を果たしたってことなんだろうか? そんな疑問も頭をよぎったが、イベントが終わった後に生徒会に聞けば判ることだろう。 俺はそのイベントに舞と佐祐理さんを誘った。 貰える券の宿泊先のホテルが、俺が育った街に近かったので三人で行きたいと思ったのもあるが、イベントの内容を考えてのことでもあった。 ポスターには、こう書かれている: 『妨害をくぐり抜け、ある部屋に保管されているドレスと宿泊券をゲットしよう!』 同じく、その文字より小さくこうも書かれている。 『景品をガードしきった部には部費を大幅アップ・ガード協力者にも金一封』 その下に書かれた細かい武器やルールの説明を読み進めるうちに、俺の頭の中からパートナーに最適な相手として舞と佐祐理さん以外の人物が消えていった。 ただでは済まない。 誰でもそう感じるだろう。 同時に、乗り越えてやろう、楽しんでやろうという闘志も湧いてくる。 このイベントに挑戦に来た人数はざっと見積もって100人オーバー。自由参加制度と危険性を考えても、参加したがった人間がこれだけ居ると言うことだ。 自分以外のグループはライバルであり、同志でもある。 「お待たせしました」 アナウンスに朝礼台の方を見ると、その横のテントの中に新生徒会役員の顔が見えた。 マイクに向かって喋っているのは、書記になった天野だ。生徒会でもないくせに隣の席を占領してるのは真琴だ。 珍しく今日は早起きして外へ行ったと思ったら、天野のところへ行っていたのか。 「生徒会長から大会のルール説明があります」 天野の声にざわめきが静まり、朝礼台の上に設置されたマイクの前に、年齢の割に体格の小さい、紅顔の美少年が背筋を伸ばして立つ。 「皆さま、おはようございます。生徒会長の妹尾幸也(せのおゆうや)です」 「妹尾さん?」 「知ってるのか? 佐祐理さん」 妹尾の名前を聞いて、佐祐理さんが小首を傾げた。 「はい…。佐祐理のお父様と親しい方の息子さんだと思いますけど……。でも、妹尾さんは…」 「では、早速ですがルールの説明に入らせていただきます」 「あ、佐祐理さん、説明がはじまるって。悪いけどまた後で詳しく聞かせて貰えるかな」 「はい、判りました…」 何か言いたげだった佐祐理さんの横顔に悪いと思いつつ、俺達は黙って生徒会長の話を聞いた。 「校舎のとある部屋に指輪が保管されています」 生徒会長が手を高くかざすと、手の中の何かが煌めく。シルバーリングに小さな宝石がついた指輪だ。 「このような指輪です。指輪は協力していただいている部活動の皆さまがガードしています。ここに集まってくださった方々は、その指輪を生徒会陣営まで持ってきて下さい。指輪を持ってきたグループに景品の宿泊券とドレスをお渡ししたいと思います」 景品の、と言った瞬間に横にケースが運ばれ、かかっていた布がとられる。 その中には赤に黒をあしらったドレスがマネキンに着せて飾られている。 公開と同時に、方々から女性の物と思われる溜息が上がる。 「そんなに、あのドレスって有名なのか?」 「有名ですよ、ここ10年以上本物が登場することはなかったそうですから」 佐祐理さんの返答に俺は複雑な思いがした。 宿泊券はもちろん、俺達三人で使うつもりでいる。是非とも舞や佐祐理さんに俺の過ごした場所を見て貰いたい、色々案内していろんな思い出を分かち合いたい。 俺の過ごした街に吹く風を、広がる空を、是非とも見て欲しい。 そして、もう一つの景品は…。 舞の横顔を盗み見れば、真剣な眼差しで前を見つめている。 少しつり目ぎみの目尻に大きな瞳、小さめの鼻に柔らかなカーブを描く輪郭。 たまに吹く風に流れる黒髪がかかって、肌の白さを際だたせる。 誰よりも俺の瞳には、舞が輝いて見える。 舞に、伝説といわれてるドレスを着てもらいたい。 そして、その姿で俺と……。 ……虫のいい話だとは判っていても、遠い将来への約束を結んでほしい。 かなり利己的な思いであのドレスを欲しがっている俺は、まわりの同じようにドレスを欲しがっている女の子達を押しのけて、このゲームに勝利していいのだろうか。 迷いはあるけれど……。 隣で熱心に話を聞いている舞に着せたいという気持ちは、どうしても消えなかった。 「ガード側にも皆さんにも、胸に特製パッドを仕込んでもらいます。安全のためにゴーグルもお渡ししますのでつけて下さい」 細かい説明に入った生徒会長の声に、俺は再び前を向いた。 「パッドの中には色の付いた液体が入っています。水で落ちますので安心して下さい。 パッドは物がぶつかると潰れます。メンバーの中に潰れて液体が出てしまった人が出たらアウトです。ガード側も液体が出てしまった人はガードから外れてもらいます」 こう聞くと、生徒会側がだいぶ有利に聞こえる。 説明中に前からパッドが配られてきた。眼帯の大きいような感じだ。 「服の内側につけて下さってもかまいませんが、自分で押しつぶさないよう気をつけて下さい。一度破れたら上半身の左半分が濡れるので、ごまかしは利かないと思って下さい」 妹尾生徒会長の言葉に、うんうんと舞が話に頷く。 「武器はトゲや刃物など触っただけで怪我をする可能性があるものは禁止です。銃はこちらが先に威力を確認させてもらったエアガンのみ使用可能です。その威力でなら充分パッドを破ります」 まわり中でごそごそと音がして、それぞれ服の中や外へパッドをつける。 厚手のプラスチックレンズを付けただけのゴーグルも装着し終わる頃には、開始時刻まもなくという時間になっていた。 「では、皆さんお気を付けて」 時計の針が時刻を示すと同時に、会長が幼い顔でにこやかに笑いながら銃を構えた。 「祐一、走って」 佐祐理さんの手を取った舞が低姿勢で昇降口へと駆けだし、俺も理由を聞くより先に舞に従う。 人垣から離れて数メートル、背後から幾つもの銃声と怒声が響いた。 「ゲームのスタートです」 その放送を最後に、俺達は校舎へと入り込んだ。 |